久田美のから川        44久田美くたみ         

むかし、むかし、ある夏の焼けつくような昼下がりのことでした。疲れ切った体を労いたわるように、あえぎあえぎ道を行く、一人のみすぼらしい 老僧ろうそうがおりました。老僧は清流で洗たくをしていた一人の老婆に、「のどがかわいているから、どうか一杯の水を恵んでほしい」とたのみました。
老婆は、手を止めて老僧をじろじろ見た。「お前のような他国者に一杯たりとも水をやるわけにいかない」とそっけなくいった。

老僧は手を合わして「そのような、つれないことを言わずに、どうぞこのお椀わんに一杯のお水をくだされ」と再度お願いした。
老女は聞こえぬふりして洗たくを続けた。
老僧は手に持っていたツエで足下をつつくと、あら不思議、川の水はどんどんその穴に吸いこま
れていく、老女の洗たくしている水がどんどん穴に入つていく。清流はどこともなく消えてしまった。
清流のあとを見ていたこの老僧は、弘法大師であったと伝えられ、以来、毎年夏になるときまってこ
の川の水がかれるようになったとか。

久田美の歴史は水との苦斗の歴史でもあった。水田の水あらそいも繁しかった。
夜陰に乗じて上の田に竹づつを打ちこみ、こっそり水をぬすんだという話も残っている。
洪水時には由良川の本流が逆流してきて家をおそう。・床上侵水はよくある。
現在でも緑の波うつ・水田には、田んば見廻り役の人たちが、夜通し監視の目を光らしている。